どんぐりガムは飴なのかガムなのか?【雑エッセイ】

みなさんこんにちは、Ichiです。

どんぐりガムは飴なのかガムなのか。

そんなどうでもいい問いを考えたことはあるだろうか。どんぐりガムというのは、パイン株式会社が販売している、1個約10円のお菓子である。一見すると完全に飴玉なのだけれど、中にはガムが入っていて、2度楽しめるお菓子なのだ。100個入りの中に3個しか当たりが入っていないという現実をAmazonに見せつけられて、私はショックだよ。

それで、これが一体飴なのかガムなのかと言う話だが、最近はそう言ったある種の定義みたいなものに囚われてしまうことが非常に多い。やれ、私はブロガーだ、アフィリエイターだとか、そう言ったさもしい話である。

研究における定義

こと研究の世界では定義は絶対視するべきである。既存の定義の元で検証を行って、結果としてその定義が入れ替わるというような状況はあるが、基本的には定義は揺るがないものとして存在していてもらわなくては困ってしまう。

たまに学生で「この研究では鳥と卵を煮てご飯にかけたものを親子丼と定義します」とか勝手に定義をする輩がいるが、そんなに勝手に定義していいものではない。少しやりすぎかもしれないが、鳥・卵・煮る・ご飯にかける・親子丼、それぞれについて詳しく検討した上で、既存の定義を採用するべきか、それとも新規で定義をする必要があるのかという手順が必要になってくる。

この定義が崩れてしまうと、何を研究しているかという目的さえ滅茶苦茶な研究が出来上がってしまうこともある。だからこそ、定義は慎重に作り上げる必要がある

横行している定義づけ

一転して、よく見かける定義づけは、やたらめったらに、自分を縛り付けて楽しむ用なMの所業でしかない場合が多い。演じることに自信や興味がある場合にはあえてそういうプレイをするのもありだろうとは思っている。定義した以上はその定義通りに演じる必要があって、演じ方が上手ければその定義の信頼性も高まるだろう。

ただ、なんとも言えない甘い縛り方でふにゃふにゃしているのであれば、縛らない方が動きが軽快なことは明らかだ。そして他人から定義されるのをさらりとかわす事も大切である。他人からの定義も滅茶苦茶な場合が多い。

例えば「お金」の定義が日本人の中で異なっていたらかなり問題になりそうなものだが、実際にはそんなに問題にはなっていない。「お金」と言われて思い浮かぶものはなんだろうか?きっと、人それぞれである。コインを思い浮かべる人もいれば、紙幣を思い浮かべる人もいるし、金(ゴールド)を思い浮かべる人もいるだろう。恐らくお金の本質的な定義は「信頼」なのだろうけど、即座に結びつく人はあまりいないはずである。

つまり、非常にいい加減な定義の中で暮らしているのであって、なにも自分で定義づけなくても、勝手に色眼鏡で見られるし、それにわざわざ染められることもない、ということを言いたいのである。その状況下においてあえて自分を定義したがる人を私は怪しく思ってしまう。相手の見る世界を自分で制限しているのだ。

先ほども言ったように、演じるのが上手ければそれでもいいだろう。私のような捻くれた人間には怪しく見られるかもしれないが、世間一般には好ましく受け取られるだろう。ただ、下手に縛ると、適切な色で見てもらえずに苦しむことになってしまう。苦しくなったら一旦縛るのをやめてみればどうだろうか。縛ることには向いていないかもしれない。

自分の状態を知る

ちなみに「病名」というものも定義の一種だけれど、これに関してもあえて自分で定義する必要はないと思っている。大体の場合はありがたく他人(医師)から拝命するものだけれど、それに加えて自ら定義する必要はない。だからと言って何も考えずに生きろというのは違うし、それはただのコンプライアンスの悪い奴だろう。私だ。

大切なのは病名じゃなくて自分の状態そのものの方である。今自分の身体で何が起こっているのかを知ることが何よりも大切である。ヨガに関してもただ変なポーズをとって、呼吸を意識するものだと思っている方も多いだろうが、本質は自分が今どのような姿勢で、どのような動きをしているのか見つめるところにある。

自分を知ることは難しい。「ジョハリの窓」*1に示されるように、自分について知れることは全体の半分程度かもしれない。だからこそ、あえて定義して、自分を狭める必要はないと思っている。

私の色眼鏡

ちなみにどんぐりガムは「ガム」だ。名前についているし、最後に残るのはガムだ。
そう考えると怪しい定義は「どんぐり」だろう。どんぐりガムには自分のどの辺りがどんぐりなのか内省してもらって、そんな怪しい定義は捨てて、早く「ガム」として販売することをおすすめしよう。個性が無くなるって?そんな個性は捨ててしまえばいいんだ。

*1:自分が知っていること・自分が知らないこと・他人が知っているとこ・他人が知らないことの4つの項目を掛け合わせた心理モデル

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